VIDEO PROGRAM

Working, Crawling
Curated by Adam Szymczyk

世界最大級の国際芸術祭ドクメンタの芸術監督を務めた経験を持つポーランド出身のキュレーター、アダム・シムジックが厳選したビデオプログラム「Working, Crawling」を、三井住友銀行東館1階のアース・ガーデンで上映します。

アダム・シムジック キュレーション
ビデオプログラム「Working, Crawling」
会期 :2022年11月2日(水)– 6日(日)10:00–18:00
場所 :千代田区丸の内1-3-2
三井住友銀行東館1階アース・ガーデン
AWT BUSバス停:C4

Adam Szymczyk
Photo ©Gina Folly, 2015

ステートメント

はたらくこと(Working)と這うこと(Crawling)とのあいだには、一見して相入れない矛盾があるように思われる。前者は事前に定められた目的の達成や新しい発見につながる熟練した活動に関連するものとされてきた一方で、後者は一般的に人間社会で尊重されることもなく、不当にも劣っているとみなされる存在にのみ適用されるゆっくりとした動きの一形態とされている。しかし、アーティストには、正しいとされている物事の秩序を覆し、そうした秩序に支えられたヒエラルキーを壊し、それを裏付ける価値体系を問い直す能力がある。こうして、這うことは紛れもないアートとなる。それは都市空間だけでなくいたるところでわたしたちの日常的なふるまいを支配し、規制する固定的で抑圧的な権力構造を暴き立てる。アーティストはのろまなはたらきものであり、手っ取り早いやり方で解決に向かうのではなく、何度も振り返りながら這うように進んでいく。

国内外のアーティストによる出品作品は、アートウィーク東京に参加するギャラリーから応募された作品の中から選考した。自己省察的な態度を持ち、一般的な考え方や習慣的な身のこなしを問い直すこれらの作品に応答し、締めくくりに数点の作品を追加する形でプログラムを構成した。追加した数点の映像作品に登場するパフォーマンスは、這うこと、あるいは姿勢を低く保つことを、反逆的な態度の声明となる卑しさをあらわにするためのメディウムとして前面に押し出している。這いつくばることや身体を横たえることに内在する修辞的に誇張された服従は、階級、人種、ジェンダー、経済的格差に基づく偏見を隠蔽する「普通」のふるまいに対する明確な拒絶となる。

About the Curator

アダム・シムジック

キュレーター。
1970年ピョートルクフ・トルィブナルスキ、ポーランド生まれ。チューリッヒ在住。現在はアムステルダム市立美術館のキュレーターを務める。
1997年にワルシャワのフォクサルギャラリー・ファウンデーションを共同設立、2003年から2014年までのあいだ、クンストハレ・バーゼルのディレクターを務めた。2008年にはエレナ・フィリポヴィッチとともに第5回ベルリン・ビエンナーレ「When Things Cast No Shadow」の共同キュレーターを務める。2011年にヒューストンのメニル財団で現代アートに貢献したキュレーターに与えられるウォルター・ホップス賞を受賞。2014年から2017年にかけて、アテネとカッセルの二都市で開かれたドクメンタ14の芸術監督を務めた。

そのほか、現在はワルシャワ近代美術館のボードメンバー、ルクセンブルク・ジャン大公現代美術館の科学委員、ウィーンのコンタクト・コレクションの諮問委員を兼任。2019年から2021年まで、ウィーン美術アカデミーで「Principle of Equality and Undoing Landscape」と題したゼミを受け持ち、2022年にチューリッヒで非営利文化団体「Verein by Association」を共同設立。
近年の主な展覧会やプロジェクトに、「Yannis Tsarouchis: Dancing in Real Life」(Wrightwood 659、シカゴ、2021)、「Other Voices, Other Rooms」(チューリッヒ警察犯罪捜査局、2021)、「Life, Without Buildings」(チューリッヒ工科大学建築理論・建築史研究所ギャラリー gta Exhibitions、2022)がある。

参加アーティスト一覧

荒木悠

荒木悠

戯訳「江戸」
2019
18′00″
1889 年にフランスで刊行されたピエール・ロティの日本滞在記『Japoneries d’automne』*より『Kioto, la ville sainte(聖なる都・京都)』『Le sainte montagne de Nikko(日光霊山)』『Yeddo(江戸)』の章を抜粋し構成した三部作。ロティの紀行文をもとに、彼が訪れたとされる土地へ荒木が赴き、撮影した現代の映像に約 130 年前に書かれた文章が字幕*として重ねられている。イメージと言葉の重なり合いやズレによって立ち現れる風景は、まだ残っているものと失われてしまったものへの揺らぎを観る者に想起させる。過去の刊行物との今日的な戯れ、すなわち「戯訳」と呼べるこのシリーズは、時を越えた観光についての考察でもある。
*日本語字幕には村上菊一郎・吉氷清の翻訳による『秋の日本』(1953 年、角川書店)から引用している。

About the Artist

ワシントン大学(アメリカ)で彫刻、東京藝術大学(日本)で映像を学ぶ。日英の通訳業を挫折した後、誤訳や誤解の持つ可能性に着目した制作を始める。文化の伝播や異文化同士の出会い、またその過程で生じる差異を「再現」「再演」「再生」といった表現手法で探究している。無人島プロダクション、gallery αM、ポーラ美術館、資生堂ギャラリー、横浜美術館、アートソンジェ・センター、マルセイユ国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭などで作品を展示・上映。2018年にはアムステルダムのライクスアカデミーにゲスト・レジデントとして滞在。フューチャージェネレーション・アートプライズ2019ファイナリスト。2023年2月に開催される恵比寿映像祭2023では、コミッション・プロジェクトの参加作家に選出される。
©2014 Tadeusz Rolke
Yu Araki, Transcreation: YEDDO (2019) ©Yu Araki, Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production
石川卓磨

石川卓磨

教えと伝わり
2016
5′48″
《教えと伝わり》は、 3 ⼈の⼥性が登場するダンスレッスンの場⾯をもとにした、2 チャンネルビデオの作品である。3 ⼈の⼥性はそれぞれ講師、デモンストレーター、聴講者であり、ひとつの「ダンス」がそれぞれの動作によって伝えられ、不安定な映像のリズムとともに完成しつつ解体されていく過程があらわれる。映像はデジタルカメラで⾼速連写(1 秒間に 3、4 コマ))した写真が再⽣されることで⽣みだされている。1000 枚ほど繋がれた写真は 1 枚ごとに、⾊味や明るさ、表⽰される時間(デュレーション)が加⼯され、⼀般的な動画編集とはまったく異なるプロセスでつくられている。黎明期の映画を思わせるような映像のリズムが⽣じているのはそのためで、ここでは終わりと始まりといった時間軸が曖昧になると同時に、新たな現実を発⾒することができる。ダンスという⾝体の運動において、カメラがもたらすイメージの⾮連続的連続は何気ない所作や動きにも意味を帯びさせるが、それが意識的な動きなのか無意識的な動きなのかも分からないような、特殊なリアリティが発⽣している。

About the Artist

1979年生まれ。写真や映像という形式をその美的側⾯だけでなく、記録写真や資料映像などにあらわれる社会的側⾯とともに捉えることで、フィクションとノンフィクション、表現と記録の狭間にある、特異な造形装置としてのカメラの可能性を探り作品化。映画のワンシーンや古典絵画の構図を想起させる写真や、デジタルカメラの連続写真を1コマのフレームとして繋いだ映像など、⽯川による作品の多くは、まずひとつの題材や設定、特定のシチュエーションが与えられることから⽣まれている。
石川卓磨
Takuma Ishikawa, Lessons and Conveyance (2016) “Lessons and Conveyance” Installation view at TALION GALLERY, 2016 Photo: Shizune Shiigi
地主麻衣子

地主麻衣子

Lip Wrap / Air Hug / Energy Exchange
2020
2′00″
本作は、2018年に書いた詩(コンセプトテキスト)が元になっている。朗読やドローイング、シンプルなアニメーション手法の要素を活用し、キスのためのコンドームや、メッセージングアプリで動物のキャラクターを抱きしめるスタンプを受け取って満足する感覚などを通じて、直接的な身体接触に抵抗を感じながらも他人との親密な交流を望む人々の心情を映し出す。

About the Artist

1984年神奈川県生まれ。多摩美術大学絵画専攻修了。個人的な物語を起点として人と人とがどう関わりあうのかを映像、インスタレーション、パフォーマンスを通して描く。近年の個展に「ブレイン・シンフォニー」Hospitale Project (2020年、鳥取)、「欲望の音」 HAGIWARA PROJECTS(2018年、東京)、「53丁目のシルバーファクトリー」Art Center Ongoing(2018年、東京)、「新しい愛の体験」HAGIWARA PROJECTS(2016年、東京)など。近年のグループ展に「新・今日の作家展2020 再生の空間」横浜市民ギャラリー (2020年、神奈川)、「表現の生態系 世界との関係をつくりかえる」アーツ前橋(2019年、群馬)、「第11回 恵比寿映像祭」東京都写真美術館(2019年、東京)など。2019-20年、ヤン・ファン・エイク・アカデミー(オランダ)のレジデンスに参加。
地主麻衣子
Maiko Jinushi, Lip Wrap / Air Hug / Energy Exchange (2020) ©Maiko Jinushi, Courtesy of HAGIWARA PROJECTS
川辺ナホ

川辺ナホ

Breaking Memory
2016
7′52″
川辺ナホは、炭を素材に、その社会的・歴史的・文化的な意味を読み解きつつ、大規模なインスタレーションを展開するアーティスト。川辺が床やガラス板の上に描く炭の模様は、安価なレースのカーテンを型取りしてつくられている。かつて大量生産された工業製品のカーテンは、石炭産業がもっとも活気のあった時代に多くの窓に飾られていたものであり、日本では”ヨーロッパへの憧れ”を示すものとして普及している。川辺の作品では、石炭/木炭を元の植物の形へ戻すかのように、モチーフとして花柄がよく用いられる。ビデオ作品《Breaking Memory》では、フランスの大西洋に面した海岸に、インスタレーションと同じ手法で水滴の模様が炭で描かれている。砂上の模様は、大西洋の潮が満ちてくるにつれ消滅してゆく。

About the Artist

1976年福岡県生まれ。現在はドイツと日本を拠点に活動中。1999年、武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業。2006年、University of Fine Arts of Hamburg修了。マテリアルの変換をテーマに、映像や複数のオブジェを組み合わせたインスタレーションなど、メディアを横断した作品を制作している。近年の展覧会に、個展「Black and Green」TOM REICHSTEIN CONTEMPORARY( 2022年、ハンブルク)、個展「Blooming Black」Boxes Art Museum(2019年、広東省)、グループ展「Fuzzy Dark Spot」Deichtorhallen Collection Falckenberg(2019年、ハンブルク)など。
川辺ナホ
Naho Kawabe, Breaking Memory (2016) Courtesy of the artist and WAITINGROOM
ソクチャンリナ・リム

ソクチャンリナ・リム

Letter to the Sea/ 海への手紙
2017
17′35″
《Letter to the Sea / 海への手紙》は、タイ領海内で不法労働に従事させられ、亡くなった多くのカンボジアの漁師の話から着想を得て、彼らに捧げる手紙を海中で朗読する映像作品。同作は「アジアのカンボジア人移民労働者-対話」と題したタイ、日本、シンガポール、マレーシア、韓国、香港、中国を対象にリムが継続的に調査しているプロジェクトのひとつで、シンガポールビエンナーレ2019で初めて発表された後、今年開催されたドクメンタ15 にも出展された。

About the Artist

ソクチャンリナ・リム (1987 年、カンボジア・プレイベン生まれ、プノンペン在住)は現代のカンボジアにおける政治や経済、環境、文化的変化やその問題に焦点を当て、写真、映像、パフォーマンスなど多様な手法を用いて作品化するアーティスト。巨大なグローバル資本と様々な政治的な思惑によって急速に変化する社会や風景を日々記録し、地域のコミュニティや文化、自然が失われていく未来に警鐘を鳴らしている。ドクメンタ 15(2022年)、シンガポールビエンナーレ2019やバンコクビエンナーレ2018、シドニービエンナーレ2018 などの国際展、森美術館、福岡アジア美術館、高雄市美術館などの美術館での展覧会に参加するなど、国際的に活躍している。
ソクチャンリナ・リム
Sokchanlina Lim, Letter To The Sea | Thailand chapter, Cambodian Migrant Workers in Asia ‒ A Conversation (2019) Courtesy of the artist and nca | nichido contemporary art
眞島竜男

眞島竜男

カリフォルニア
1997
3′00″
2021年、北欧のヴァイキングがコロンブス到達の約500年前に北米に入植していた事実を示唆する考古学的発見が発表されたが、ヴァイキングの北米定住説は1990年代にはすでに研究者の間で知られていたという。1997年時に制作された本作は、決め手となる科学的物証を欠いたまま定説となっていたヴァイキング伝説をもとに制作された。上陸した海岸でその土地の所有権を主張しながら「我が運命の土地 destiny land」と叫ぶヴァイキングの後ろには、ミッキーマウスを思わせる着ぐるみの人物が登場する。ヴァイキングの最初の入植地が、現在のカリフォルニアのディズニーランドのある場所だったかもしれないという仮説に触発された眞島の幻想譚ともいうべきこの作品は、歴史意識やイデオロギー、異文化の交差がもたらす緊張関係すら矮小化してしまう快楽至上主義とそれを可能にした大量消費社会の脅威、またポップカルチャーのグローバリゼーションについての言及を予言的に展開したものである。

About the Artist

1970年東京生まれ。現在は滋賀県にて制作、活動中。近年の主な発表に、「国際芸術祭『あいち2022』」愛知芸術文化センター(2022年、愛知)、「山と群衆(大観とレニ)/四つの検討(TPAM 2019 Version)」blanClass(2019年、横浜)、「今日の踊り」TARO NASU(2018年、東京)、「Identity XIV curated by Mizuki Endo – 水平効果-」nca | nichido contemporary art(2018年、東京)、「岡山芸術交流2016」岡山県天神山文化プラザ(2016年、岡山)、「糸島国際芸術祭」糸島芸農(2016年、 福岡)、「PARASOPHIA : 京都国際現代芸術祭2015」京都市美術館(2015年、京都)、「おおいたトイレンナーレ 2015」大分フォーラス(2015年、大分)「Amerika: idea / fantasy / dream / myth / image 」Camberwell Space(2015年、ロンドン)がある。その他、国内外での展覧会も多数。
眞島竜男
Tatsuo Majima, California (1993) ©Tatsuo Majima, Courtesy of TARO NASU
ジュン・グエン=ハツシバ

ジュン・グエン=ハツシバ

写す
2021
5′00″
ハツシバが暮らしているヒューストンの日常風景、自宅でのパーソナルな空間や時間を撮影した本作品は、作家が日常生活の一場面を生と死のサイクルの一部として象徴的に捉えた、輪廻転生の考察でもあります。
輝かしいキャリアを築いたベトナム生活を終え、アメリカに移住する決断をしたハツシバは、ヒューストンに拠点を移した今、移民として、アメリカ人の親として、亡き父親の生活を体現するような日常を送っています。結果的に7年間アート業界から離れることになった作家の感情も隠喩的に投影されています。
「この作品のタイトル『Utsusu』は、日本語で、撮影する、複製する、移動する、投映するなど様々な意味を含んでおり、この作品で描きたかった儚い側面を表している。」と作家は語ります。音楽は作家自らが作曲、演奏し、またコンテンポラリーダンサーの垣尾優氏、松本雄吉氏(「維新派」の故ディレクター)とのコラボレーションで撮影した場面も含まれています。

About the Artist

ジュン・グエン=ハツシバは、1968年東京にて日本人の母とベトナム人の父の間に生まれ、幼少時代を日本で過ごした後、アメリカで教育を受ける。現在、ヒューストン(アメリカ)在住。2001年より難民や社会的少数派をテーマに取り上げた「メモリアルプロジェクト」シリーズを発表、国際的に注目を浴びる。ベニス、横浜、イスタンブール、シドニーなどで開催されるビエンナーレ・トリエンナーレの国際展に参加。グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、ホイットニー美術館(ニューヨーク)、ポンピドゥーセンター(パリ)、森美術館(東京)などに作品が所蔵されている。
ジュン・グエン=ハツシバ
Jun Nguyen-Hatsushiba, Utsusu (2021) Courtesy of the artist and Mizuma Art Gallery
アマポーラ・プラダ

アマポーラ・プラダ

Direction: North
2006
4′37″

リマの北部に行く道を地図上で探す。アルフォンソ・ウガルテ・アベニュー からカケタ・アベニューに行くことにする。そこは無防備な私にとっては危険 な場所。真逆の方向の真ん中を歩むことができる場所。象徴的な北へ 私を導く場所。このアクションは2006年2月10日の朝8時、通勤ラッシュの 時間帯に実行した。

アクションのテキスト

「最近も以前も、それよりもっと以前も、私は決して動かなかった。砂肝のように私を刺し、切り開かない限り、中にある汚物を取り出すことなどできやしない。脱皮をするためには。私の髪を掴んで立ち上がらせるためには。流血せねばならぬ。街に立ち向かわなければならぬ。北へ行かねばならぬ。私がやるべきこと以外は何もいらない。私を止めるものは何もない。あなたは私の言うことに耳を傾けやしない、それでも私はやるべきことをやると考えるだろう。そして私は止まらない。やがて私を止めるものなど存在しないと感じるまで。あなたは私の言うことに耳を傾けやしない、それでも私はやるつもりよ。」

About the Artist

ペルー、リマ在住。
俳優の家庭に生まれ、二十代から自身の身体をつかった表現を始める。芸術系の教育機関に進学したことはなく、過去にはペルー・カトリカ大学にて社会心理学を学んでいた。集団の一部である個人の感情、衝動、潜在的な緊張が表現されるプロセスに関心を注ぐ。彼女のもっとも重要な情報源は、身体の記憶である。身体の記憶は、日常的な体験の感覚的、主観的な処理を象徴的、非言語的に表現する。
アマポーラ・プラダ
Amapola Prada, Direction: North (2006) ©Amapola Prada, Courtesy of KEN NAKAHASHI
Collage by Omar Lavalle
田村友一郎

田村友一郎

Milky Mountain
2019
11′15″
現実と非現実の境界が曖昧に描出される田村による映像作品《Milky Mountain》では、ニュージーランドのニュープリマスで撮影されたハリウッド映画『ラストサムライ』(2003年)にエキストラとして出演した日本人カラサワアキヒコによる撮影を巡る記憶が主題となっている。カラサワの回想と結びつく深夜のニュープリマスに現れる馬に乗ったサムライの亡霊の映像に象徴されるように、田村による物語では、記憶とフィクションを隔てる境界も多孔質で完全に透過するものであり、過去や超自然現象が日本の怪談のようなかたちをとりながら、記憶や想起というものが、幽霊や精霊を瞬間的に呼び覚ましうるということの再考をわれわれに促すものでもある。

About the Artist

1977年富山県生まれ、京都府在住。
既存のイメージやオブジェクトを起点にした作品を手掛ける。作品は、写真、映像、インスタレーション、パフォーマンス、舞台まで多彩なメディアを横断し、土地固有の歴史的主題から身近な大衆的主題まで幅広い着想源から、現実と虚構を交差させつつ多層的な物語を構築する。それによりオリジナルの歴史や記憶には、新たな解釈が付与され、作品は時空を超えて現代的な意味が問われることになる。作品体系として、その多くがコミッションワークであり、近年では美術館のコレクションなども対象の事物として扱う。
田村友一郎
Yuichiro Tamura, Milky Mountain (2019)
エヴェリン・タオチェン・ワン

エヴェリン・タオチェン・ワン

Schiermonnikoog (A Home Made Travel MV Series)
2015
8′04″
エヴェリン・タオチェン・ワンは、友人の話からその存在を知って以来、神秘的で美しい島々のイメージを数々頭に浮かべた。実際にこんなに近くにあるのに、なぜ自身の知り合いは殆ど訪れていないのだろうかとエヴェリンは不思議に思い、2014年晩秋から2015年初冬にかけ、オランダのワッデン諸島の最も東にあるシーモニコグ島から最も西にあるテクセル島に出向いた。
それぞれの島に2、3日滞在し、観光客のように旅をした。島々での体験や出会いを記録し、さまざまな住居、地元の建築物や博物館、そして観光客としてののんびりとした生活などを撮影した。しかし、エブリンの旅行記は単なる一般的な記録ではなく、80年代のミュージックビデオのような、真のトラベル・ミュージック・ビデオのように編集されている。
Schiermonnikoogでは台湾の古い歌を英訳し不気味な高音で歌い、Vlielandでは地元のポップソングで夏らしい軽快さを表現している。エヴェリンが子供のように好奇心旺盛に島を探検するように、スタッカートの字幕を通して、曲は島の雰囲気や、もしかするとオランダ人や中国人観光客のステレオタイプなイメージの解釈を提供する。

About the Artist

1981年中国生まれ。中国で絵画を学んだ後、フランクフルトのStädelschuleを卒業。2012年より、De Ateliers(アムステルダム)のレジデント・アーティストとして2年間滞在。現在はロッテルダム在住。オランダを拠点とする中国出身のアーティストとしてエヴェリンは、絵画、パフォーマンス、インスタレーション、書道などと幅広い表現手法をもとに、中国の伝統絵画の流用、女性性、文化的アイデンティティといったテーマを横断的に扱っている。作品はArt Institute of Chicago(シカゴ)、Bonnefanten Museum(マーストリヒト)、Centre Pompidou(パリ)、Stedelijk Museum Amsterdam(オランダ)、FRAC Champagne-Ardenne(ランス)、Museum Abteiberg Mönchengladbach(メンヒェングラートバッハ)などに収蔵されている。
エヴェリン・タオチェン・ワン
Evelyn Taocheng Wang, Schiermonnikoog (A Home Made Travel MV Series) (2015)
山田悠

山田悠

Nocturne (Yokohama)
2020–22
16′13″
《Nocturne (Yokohama)》は満月の夜、街の建造物のシルエットに沿って月が移動して見えるよう、山田が一歩進むごとに一枚撮影した、約800枚の写真からなる映像作品です。月の動き、街の建造物、アーティストの視線がカメラというメカニカルな機構を通して像を結ぶとき、現代の天動説のようなパーソナルでロマンティックな体験と、天体運動や都市空間というそれぞれの「系-system」と人間との相関性を俯瞰する、スケールの大きな視座を同時に得ることが可能となります。自らの視点を動かすことで天体、都市、作家の3者の間に関係性を構築する本作は、複雑な社会に生きる私たちにとって示唆に富む作品です。

About the Artist

1986年神奈川県生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業後、フランスのエコール・デ・ボザール・ド・ディジョンに留学し、空間デザインとアートの過程を修了。2つの領域での学びを通じて都市空間におけるアートの実践に興味を持つ。変動する都市環境の中で自らの行為をどのように作品として成立させることが出来るかについて関心を持ちながら、都市、自然、人間という要素を相対的に捉え、ものごとの関係を測り直す。主な展覧会に「黄金町バザール 2020 —アーティストとコミュニティ」(2020年、神奈川)、「Nocturne」(2022年、POETIC SCAPE、東京)、「瀬戸内国際芸術祭2022」(2022年、香川)など。また「ゲンビどこでも企画公募」入選(2016年、広島市現代美術館、広島)、「Prix Dauphine pour l’art contemporain」 グランプリ(2015年、パリ、フランス)受賞。
山田悠
Haruka Yamada, Nocturne (Yokohama) (2020‒2022) ©Haruka Yamada, Courtesy of POETIC SCAPE
柳瀬安里

柳瀬安里

光のない。ー私の立っているところから
2016–2017
17′37″

光のない。−私の立っているところから

『光のない。』は、オーストリアの作家エルフリーデ・イェリネクによって、2011 年3 月11 日に発生した地震とそれに伴う津波、そして震災直後に起きた福島第一原子力発電所事故を題材に制作された戯曲である。

『光のない。』を暗唱しながら沖縄本島の北部にある高江を歩いた。そうすることで、本文中に繰り返される「わたしたち」とは今誰なのか、一体何なのかを体験しようとした。また、わたしたちとわたし、当事者と非当事者、常に何か(例えば震災)の以前と以後のあいだで揺れ動くわたしたちの向かう先を問う。

また、この映像は、「判決がほしい。あなたたちの判決がほしい!」そう『光のない。』の最後を締めるイェリネクへのわたしなりの応答である。

柳瀬 安里

About the Artist

1993年、埼玉県生まれ。2016年京都造形芸術大学美術工芸学科現代美術・写真コース卒業。身の回りの出来事を出発点とし、それが何なのかを考えるため、知るためのひとつの方法として作品を制作している。近年の展示に、「ニューミューテーション#3 菊池和晃・黒川岳・柳瀬安里」(京都芸術センター、2020年)、「Oh!マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー&ピーポー」展(兵庫県立美術館、2019年)などがある。
柳瀬安里
Anri Yanase, KEIN LICHT. (No Light) ―From the place where I am standing now. (2016‒2017) ©Anri Yanase
吉増剛造

吉増剛造

芥川フィルム I – Kappa
2008
18′44″
「芥川フィルム I – Kappa」(2008)は、吉増剛造が「終生終わらない共感」を表明する大正期の日本を代表する文学者、芥川龍之介に捧げられたビデオ・ダイアリーです。周囲の自然の音や生活音に包まれながら、芥川の代表作である「河童」を朗読しています。本作品は、東京の田端文士村記念館で開催された吉増の個展「詩人・吉増剛造 芥川龍之介への共感」(2022)で発表されました。

About the Artist

1939年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に詩誌「ドラムカン」によって60年代詩人の旗手として詩壇に登場して以来、日本を代表する現代詩人として、またマルチメディアアーティストとして、作詩とパフォーマンスの根源的な共通点を回復し再興させることに一役を担ってきました。他の書き手との交流や旅行を通して得た様々なことばや文学の引用を頻繁に用いる吉増の詩は、日本語を新たな意味を生み出すための装置へと変換させます。
吉増剛造
Gozo Yoshimasu, Akutagawa Film 1: Kappa (2008) ©Gozo Yoshimasu, Courtesy of Take Ninagawa, Tokyo
アンナ・ヤンチシン=ヤロス

アンナ・ヤンチシン=ヤロス

W miasto (Into the City)
1993
22’00”
Collection of the Małopolska Museum of Contemporary Art Foundation
《Into the City》というパフォーマンスを記録した映像は、ヤンチシン=ヤロスを最も象徴する作品として広くみなされています。ポーランドで中絶の権利を制限する法案が採択される1993年に制作された本作は、同国の公共空間における女性の地位の変化について言及するもので、アーティストはクラクフの路上を這うパフォーマンスを試みています。(アリシア・ジェブロフスカが撮影した)この映像で注目すべきは、通りすがりの見物人の反応であり、そこには無関心なものから攻撃的なものまで、あらゆる感情が表れています。エヴァ・タタールが指摘するように、ヤンチシン=ヤロスは交差点を青信号で渡るなど、交通規則を守りながら街中を這っています。彼女を「垂直」に立たせようとする者もいるが、彼女は頑なに「水平」の姿勢に戻ります。エンディングには、乳母車を押した女性がアーティストを避けようと逃げ去るという象徴的かつグロテスクな展開が待っています。

About the Artist

1991年にクラクフ美術アカデミー絵画科を卒業。制作初期から、パフォーマンス、写真、インスタレーションなど、幅広い表現方法で、批評的なアートの系譜に連なる実践を展開している。
アンナ・ヤンチシン
Anna Janczyszyn-Jaros, W miasto (Into the City) (1993) Courtesy of Małopolska Fundacja Muzeum Sztuki Współczesnej (Małopolska Foundation of the Museum of Contemporary Art), Kraków
ポープ・L

ポープ・L

The Great White Way, 22 Miles, 5 Years, 1 Street (Segment #1: December 29, 2001)
2001-2006
6’35”
「黒人の身体は持つに値しない」
ポープ・Lは、自身最長のパフォーマンス《The Great White Way: 22 miles, 9 years, 1 street》(2001–2009)をはじめてまもなくの頃にインタビュアーにそう語った。
《The Great White Way》において、ポープ・Lは市販のスーパーマンの衣装を身につけ、スーパーヒーローの赤いマントの代わりに(中央に黄色いスーパーマンシールドのマークが入った)スケートボードを背中にくくりつけて、ニューヨークで最も長く最も有名な通り、ブロードウェイの最南端からサウスブロンクスの端まで、6ブロック毎にわたって、這い進むパフォーマンスを試みました。最初の試みは2001年12月にリバティ島からはじまり、その様子は同名タイトルの下、6分半の映像に収められています。その映像は、風にはためく星条旗のシーンにはじまり、自由の女神の顔のアップが続く。それからカメラは自由の女神からティルトダウンして既に地面を這っているポープ・Lを映し出します。(中略)ゆっくりとフェリー乗り場に這い進んでいくポープ・Lとカメラマンの前にふたりの州兵が立ち塞がり、その内のひとりがポープ・Lに今すぐそれを止めてフェリーに戻れと忠告しますが、「アメリカで最もフレンドリーな黒人アーティスト」であるポープ・Lはフェリーに這って乗船します。(中略)この過程で治安維持の意味作用が明らかになりますが、それがはっきりと示しているのは、たとえ許可や正式な文書をもらっていたとしても、黒人はリバティ島内でダヴィッド・ラプジャードの言う「常軌を逸脱する運動」することもしようとすることもできないということです。リバティ島では、黒人の貧しさと黒人の豊かさを並置することも、黒人が普通とは異なる動きをすることも、「反指標的(counterindexical)」な動きをすることも、「アナーキーな(非)振り付け(anarchoreographic)」の動きをすることも許されないのです。
引用:アンドレ・レペキ「Making Way」『member: Pope.L, 1978–2001』スチュワート・コマー、ダニエレ・ジャクソン(編集)、展覧会カタログ、ニューヨーク、ニューヨーク近代美術館、2019年
ポープ・L
Pope.L, The Great White Way, 22 Miles, 5 Years, 1 Street (Segment #1: December 29, 2001) (2001) ©Pope.L, Courtesy of the artist and Mitchell-Innes & Nash, New York
Shopping Crawl
2001
4’18”
《Shopping Crawl》
ポープ・Lは、2001年に日米芸術家交換プログラムにより6カ月間日本に滞在しました。その滞在期間に、ホームレス状態に対する態度やその他の日本の固定観念を問い質し意義を唱えるパフォーマンスを、新宿駅前やNHK前といった公共空間や西荻WENZスタジオで計3度行っています。菊池綾子、菊池宏子と協働し、2001年3月17日には、東京を代表する人気の憩いの場である代々木公園で、《Shopping Crawl》のパフォーマンスを行いました。そこはかつて日本陸軍の練兵場があり、その後、アメリカ空軍の軍用地ワシントンハイツとして使用され、1964年の東京オリンピックの際にオリンピック村が建てられた場所です。集中力と身体の持久力の具現化であるポープ・Lのパフォーマンスは、日本文化とアフリカ系アメリカ人の文化のあいだの断続的で問題を含んだ関係性にも言及しています。

About the Artist

アーティスト、教育者。現代の文化に埋め込まれた二項対立や先入観をテーマに、執筆活動から絵画、パフォーマンス、インスタレーション、映像、彫刻まで、様々な形式で領域横断的な活動を展開している。ポープ・Lは、公共空間において、実行困難で挑発的、不条理なパフォーマンスや介入の数々を試みてきた長い経験に基づき、言語やシステム、ジェンダー、人種、コミュニティといった自身の関心に対して、いくつかの同じ社会的戦略、形式的戦略、パフォーマンスにおける戦略を適用している。その作品の目指すところは、喜びや金銭、不確実性などいくつかあるが、それらのあいだには必ずしも優先順位はない。
ポープ・L
Pope.L, Shopping Crawl (2001) ©Pope.L, Courtesy of the artist and Mitchell-Innes & Nash, New York
ジョージア・サグリ

ジョージア・サグリ

The New Kind
2003
HD video with sound
24’42”
Courtesy of the artist ©Georgia Sagri
《The New Kind》は、アテネの中心地を食肉市場からオモニア広場まで、両手両足を縛られたまま這って移動するアーティストの奮闘する姿を記録しています。アテネで生まれ育ち、現在も同地を拠点のひとつにするジョージア・サグリは、2003年、翌年の夏季オリンピックを目前に都市開発が進行する中で、このパフォーマンスを行い、地元の人々の主観の変化を映し出しました。サグリはアテネに言及し、「日々散歩に出かけることさえもプロテストになる」と語っています。

About the Artist

1979年生まれ。アテネとニューヨークを拠点に活動。アテネに半公的・半私的なアートスペース「ΎΛΗ[matter]HYLE」の創設者であり、現在、アテネ美術学校の教授を務める。その制作活動の中心には、社会生活や視覚体験において絶えず進化しつづける領域としてのパフォーマンスの探究がある。その作品は、サグリ自身の自律やエンパワーメント、自己組織化の問題に関する政治運動や闘争への継続的な関与に影響を受けたものが多い。「Georgia Sagri Georgia Sagri」(ブラウンシュヴァイク美術館、2017–2018)や「Georgia Sagri and I」(ポルティクス、フランクフルト、2018)を経て、2018年に初の作品集『GEORGIA SAGRI GEORGIA SAGRI and I』をスタンバーグプレスから出版。2021年には著書『Stage of Recovery』をディバイディッド・パブリッシングから出版している。
ジョージア・サグリ
Georgia Sagri, New Kind (2003) ©Georgia Sagri, Courtesy of the artist
リ・リャオ

リ・リャオ

Single Bed 01 (Optics Valley)
2011
24′ 02”
Courtesy the artist and WHITE SPACE
リ・リャオは公共空間でシングルベッドサイズの地面をきれいにし、その場で自然に目覚めるか誰かに起こされるまで眠ります。このパフォーマンスはこれまで、武漢光谷歩行者天国の交差点、ATMの中、湖のほとり、小さな公園の4ヶ所で行われました。

About the Artist

1982年湖北省洪湖市生まれ。2005年に湖北美術学院油画科を卒業し、現在は深センを拠点に活動している。日常生活に基づいた事実と虚構から成る自伝的物語を創作し、現実の世界に芸術的行為を混在させた一連の作品を発表している。リはしばしば寓話的で自虐的な行為戦略をもって、ある状況を率先して設定したり利用したりすることで深刻な社会問題に対する関心を示しながら、自らが信じるものをミクロレベルの社会制度や具体的な環境の中で実践するために「共同体への参加」という方法を応用している。また、この過程において、家庭的生産、社会的生産、芸術的生産における評価メカニズムやルールを考察し、疑問を投げかけたり、ストレスに対処するための遊び心あふれる方法を提示しようとすることで、鑑賞者に経験の再考を促している。
リ・リャオ
Li Liao, Single Bed 01 (Optics Valley) (2011) Courtesy of the artist and WHITE SPAC